大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 平成6年(ワ)4号 判決 1995年10月09日

原告

川北義則

川北真喜子

右両名訴訟代理人弁護士

渡辺光夫

被告

高松市

右代表者市長

増田昌三

右指定代理人

早川幸延

外六名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金二三四四万七五三二円及び各内金二一三一万七五三二円に対する平成五年八月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告らの子である訴外川北尚愛(昭和六一年一〇月一一日生。以下「尚愛」という。)は、平成五年八月六日午後二時三〇分ころ、被告所有に係る高松市太田上町字鑄地原一〇四五番一(三万八六三九平方メートル)及び同所一〇三九番(九五七平方メートル)の両地を敷地とするため池(通称太田池。合計三万九五九六平方メートル。以下「本件ため池」という。)にその東岸から誤って転落し、約一五分後に、救急隊によって救助され、病院に収容されたが、多量の水を飲むなどして意識不明の重体のまま、同月七日午前一一時二五分に死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の損害賠償責任

(一) 本件ため池は、その東側直近を南北に国道一九三号線が走り、その周辺地域は、第二種住居専用地域もしくは住居地域で住宅が密集している上、近くには、高松市立太田南小学校、太田百華幼稚園なども存在している。

(二) 本件ため池の東岸では、昭和五六年一一月から平成元年三月にかけて、護岸工事とその護岸の外側に護岸に沿って高さ約一二〇センチメートルの金属性のフェンスを設置する工事が行われ、そのフェンスの北端部から少し南方の一か所に本件ため池への出入りと取水量調節用バルブの開閉操作等を行うための金属性の扉(高さ約一二〇センチメートル。以下「本件扉」という。)が設置され、同フェンスの内側(ため池側)には、平均約二〇センチメートル幅の側道もしくは側道となりうるスペースが設けられた。

(三) 本件ため池は、本件扉付近で水深が約一四〇センチメートルあり、その護岸をブロック等でほぼ直角に近い状態にしているため、一度子どもが転落すると、その池底に堆積するヘドロと繁茂する水草等のために、自力ではい上がることはほとんど不可能に近い状況にある。

(四) こうした状況下である上、本件事故当時は折りから夏休みの昼下がりでもあり、近くの児童等が右フェンスの内側に入り、右側道を往来することにでもなれば、足を踏みはずすなどして、ため池に転落する事故が発生する危険性が高く、一度転落事故が起これば犠牲者が生じる危険があることが、十分に予見可能であった。

(五) それにもかかわらず、被告は、右フェンスに有刺鉄線を架設するなどフェンス内側への子どもの立ち入りを物理的に防止する措置を講じず、また、立ち入り禁止の掲示をするなどして危険を告知することもせず、あまつさえ、本件扉の管理さえも杜撰にして、これを閉鎖するなどの措置も全く講じないまま漫然とこれを放置した。それがため、転落事故とその危険性を理解、認識できない小学生等の子どもが、右フェンスの内側に半ば自由に出入りし、そこで遊んでいた。

(六) そして、本件事故時に、開け放たれたままの本件扉から、前記太田南小学校の児童四名が、右フェンス内側に入り、右側道を往来するうちに、そのうちの一人である尚愛(当時六歳。同小学校一年在学。身長一二〇センチメートル余り。)が、足をすべらせて、ため池に転落し、死亡するに至ったものである。

(七) 以上の次第で、本件事故は、公の営造物である本件ため池の設置又は管理に瑕疵があったために発生したものであるから、被告は、本件ため池の設置・管理者(所有者)として、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 本件事故により原告らに生じた損害は、左のようなものである。

(1) 葬祭費 金一〇〇万円

(2) 尚愛の逸失利益

金二一六三万五〇六四円

尚愛は、死亡時六歳であったから、一八歳から六七歳まで稼働可能であり、その間、平成四年の賃金センサス第一巻第一表中、産業計・企業規模計・男子労働者の一八歳ないし一九歳の平均給与である年額二三五万三三〇〇円を下らない収入を得たはずであり、そのうち生活費の率は五〇パーセントを超えるものではない。したがって、尚愛の逸失利益の死亡当時における現価は、年収235万3300円×0.5(生活費控除)×18.387(六歳から六七歳まで六一年の新ホフマン係数27.602より六歳から一八歳まで一二年の同係数9.215を控除したもの)の計算式により、頭書の金額となる。

(3) 尚愛の慰謝料 金二〇〇〇万円

(4) 弁護士費用 金四二六万円

(二) 原告らは、右の損害のうち、(2)、(3)については、尚愛の死亡により二分の一宛相続し、(1)、(4)については、その二分の一宛を負担しているものである。

4  よって、原告らは、被告に対し、各金二三四四万七五三二円及びそのうち弁護士費用を除く各金二一三一万八五三二円に対する、尚愛死亡の日である平成五年八月七日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、出入り及び側道等の点は否認し、その余は認める。本件扉は、専ら取水量調節バルブの開閉操作のためのものであり、また、原告らが側道などと主張する部分は、護岸天端部であって、人の通行の用に供するものではない。

(三)  同2(三)の事実のうち、尚愛が本件ため池に転落した当時における転落場所付近の水深が約一四〇センチメートルであったこと及び転落場所付近の護岸ブロックの勾配が直角に近い状態であることは認め、その余の事実は不知。

(四)  同2(四)の事実は、争う。

(五)  同2(五)の事実のうち、尚愛が本件ため池に転落した当時、被告が本件ため池の東側に設置されたフェンスに有刺鉄線を架設していなかったこと、立入禁止の掲示をしていなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(六)  同2(六)の事実のうち、尚愛が本件ため池に転落した当時、同人が満六歳で、小学校一年生であったこと及び同人がフェンス内側(水面側)の護岸天端部から誤って水中に転落して死亡したことは認め、その余の事実は否認する。

(七)  同2(七)のうち、被告が本件ため池を所有していることは認め、被告が本件ため池を設置及び管理しているとの点は否認し、その余の主張は争う。

3  同3(一)、(二)の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件ため池の所有、管理等について

(一) 本件ため池(被告保管に係る「ため池調査台帳」上の正式名称は「道池」。通称「太田池」)は、約三〇〇年前に築造された農業潅漑用のため池であり、古来より専ら地元農民らの用水確保を目的として存在してきたものである。その敷地部分は、高松市太田上町鑄地原一〇四五番地一(三万八六三九平方メートル)及び同所一〇三九番(九五七平方メートル)の二筆からなり、被告がその所有権を有している(なお、高松市太田上町鑄地原一〇三九番の土地については、保存登記が未了であり、表示登記によれば所有者は大字太田とされているが、昭和二〇年勅令第五四二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく町内会部落会又はその連合会等に関する解散、就職禁止その他の行為の制限に関する政令(昭和二二年五月三日政令第一五号。以下「ポツダム政令」という。)二条二項により、その所有権は被告に帰属している。)。

(二) 本件ため池の管理は、築造以来、本件ため池の用水を利用する下流域の地元農民らにより行われてきており、現在は、本件ため池の用水についての水利権(慣行水利権)を有する右地元農民らによって組織された「道池水利組合」が、旧来の慣行及び水利権に基づく管理権原により、本件ため池の管理を行っている。

2  本件ため池の改修工事について

(一) 本件ため池は、これまで数次にわたって改修工事が行われてきているが、本件ため池東側の改修工事(護岸工事、フェンス工事、樋管工事)の実施状況は以下のとおりである。

(1) 護岸工事

① 「護岸工事①」

工事年度 昭和五六年度

実施主体 道池水利組合

費用負担 道池水利組合全額負担

② 「護岸工事②」

工事年度 昭和五九年度

実施主体 太田土地改良区

費用負担 香川県五〇パーセント負担(単独県費補助土地改良事業補助金)

太田土地改良区五〇パーセント負担

③ 「護岸工事③」

工事年度 昭和五六年度

実施主体 道池水利組合

費用負担 道池水利組合全額負担

④ 「護岸工事④」

工事年度 昭和六三年度

実施主体 太田土地改良区

費用負担 香川県五〇パーセント負担(単独県費補助土地改良事業補助金)

太田土地改良区五〇パーセント負担

(2) フェンス工事

① 「フェンス工事①」

工事年度 昭和五八年度

実施主体 被告

費用負担 被告全額負担

② 「フェンス工事②」

工事年度 昭和六〇年度

実施主体 道池水利組合

費用負担 道池水利組合全額負担

③ 「フェンス工事③」

工事年度 昭和五八年度

実施主体 道池水利組合

費用負担 道池水利組合全額負担

④ 「フェンス工事④」

工事年度 平成元年度

実施主体 太田土地改良区

費用負担 香川県五〇パーセント負担(単独県費補助土地改良事業補助金)

太田土地改良区五〇パーセント負担

(3) 樋管工事

工事年度 昭和六三年度

実施主体 太田土地改良区

費用負担 香川県五〇パーセント負担(単独県費補助土地改良事業補助金)

太田土地改良区五〇パーセント負担

なお、右(1)の②及び④、同(2)の④並びに同(3)の各工事については、太田土地改良区が土地改良事業として実施した工事であることから、同土地改良区が負担する費用は、組合員に対して賦課徴収されることとなるため(土地改良法三六条)、被告は、農家の負担を軽減し、農業経営基盤の強化を図るため、各工事年度の翌年度に、土地改良区が負担した費用の九〇パーセント(各工事費用の四五パーセント)に相当する補助金を、太田土地改良区に交付している。

(二) 本件扉は、樋管工事において設置された樋管の取水量調節用バルブの開閉操作のために設置されたもので、閉鎖用のかんぬきが付いている。

3  本件ため池の設置又は管理主体について

(一) 本件のようなため池において発生した転落事故等による損害に対し、ため池の所有者又は管理者が国家賠償法二条一項の設置又は管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を負うためには、その前提として、ため池の所有者又は管理者において、当該ため池に新たに護岸等を設置するなどしてため池の現状を変更し、新たに転落等の危険を生じさせたか、あるいは、この新たな転落等の危険に対して、通常有すべき安全性を確保すべき立場にあったというような事情が必要と解すべきである。

(二) 本件ため池については、前記のとおり、昭和五六年度から同六三年度にかけて東岸で護岸工事が実施され、これにより、本件ため池の現状が変更され、新たに転落等の危険が生じたことは否めないが、以下のとおり、同工事は、道池水利組合及び太田土地改良区が正当な権原に基づいて実施したものであり、被告は、同工事を実施していないばかりか、道池水利組合や太田土地改良区に対して、同工事を指示したり、委託したような事実も一切ないから、被告において、太田池に新たに護岸等を設置するなどしてため池の現状を変更したり、新たに転落等の危険を生じさせたような事情は存しない。

(1) 本件ため池は、その用水を利用する下流域の地元農民らによって組織された道池水利組合が、旧来の慣行(地方自治法二三八条の六)及び慣行水利権に基づく権原により、これまでその利用、管理等を行ってきたものであり、ため池の保全に関する条例(昭和四一年一〇月一三日香川県条例第三六号)二条二項にいうため池の「管理者」としても、道池水利組合の総代が就任している。

他方、被告は、本件ため池の所有者であるといっても、ポツダム政令によってたまたまその所有権を取得することになっただけであって、本件ため池の管理権原はすべて道池水利組合に属し、被告には本件ため池の管理権原が全く存せず、実際にも、被告は、本件ため池の利用、管理等に関して発言する立場にない。

(2) 前記護岸工事のうち、①及び③を実施したのは道池水利組合であり、②及び④を実施したのは太田土地改良区である。そして、右②及び④の護岸工事は、太田土地改良区が、道池水利組合との関係では上部組織に相当し、道池水利組合の組合員が同時に太田土地改良区の組合員でもあったことから、道池水利組合が有する本件ため池の管理権原に基づき、太田土地改良区が同工事を実施したものである。

(三) 本件ため池全体を一つの営造物と考える限り、本件ため池東岸に護岸が設置され、新たに転落等の危険が生じたと評価される場合に、この新たな転落等の危険に対して、通常有すべき安全性を確保しないとすれば、それは、設置の瑕疵ではなく、管理の瑕疵として位置づけられるべきである。なぜなら、営造物の設計、建造の不備など営造物に当初から瑕疵が存在する場合が設置の瑕疵であり、営造物の維持、修繕、保管の不備など事後に瑕疵が生じた場合が管理の瑕疵であるとされているが、本件ため池全体を一つの営造物とみると、本件ため池東岸に護岸を設置する行為は、営造物たる本件ため池の事後的な改修行為であり、これに対して通常有すべき安全性を確保するための措置を講ずることは、その管理行為にほかならないからである。

(四) しかし、本件ため池については、以下のとおり、道池水利組合がその管理権原に基づいて管理しており、被告には本件ため池の管理権原が全く存せず、事実上も、被告は本件ため池の利用、管理等に関して発言する立場になかったのであるから、被告は、右の新たな転落等の危険に対して、通常有すべき安全性を確保すべき立場にあったとはいえない。

(1) 前記護岸工事①ないし④によって設置された本件ため池東岸の護岸は、設置後は、道池水利組合によって管理されている。なお、本来であれば、太田土地改良区が設置した護岸は、土地改良事業によって生じた土地改良施設に該当するため、土地改良法五七条によって、太田土地改良区が管理する責務を負うことになるが、本件ため池の管理権原を有するのは道池水利組合であることから、道池水利組合がその管理を行っている。

(2) 本件ため池東岸に護岸を設置したことにより、通常有すべき安全性を確保するための措置としてフェンスが設置されているが、このフェンスの設置工事の実施主体についてみると、前記フェンス工事②及び③は、いずれも道池水利組合によって実施されている。

また、同工事④は、太田土地改良区によって実施されているが、これは、太田土地改良区が、道池水利組合との関係では上部組織に相当し、道池水利組合の組合員が同時に太田土地改良区の組合員でもあったことから、道池水利組合が有する本件ため池の管理権原に基づき、太田土地改良区が同工事を実施したものである。

同工事②ないし④によって設置されたフェンスについては、その設置後は、いずれも道池水利組合が管理している。なお、本来であれば、太田土地改良区が設置したフェンスは、太田土地改良区が管理すべき責務を負うが、本件ため池の管理権原を有するのは道池水利組合であることから、道池水利組合がその管理を行っている。

なお、同工事①は、被告が実施したものであるが、同工事は、太田南公民館を建設するのに伴い、同公民館の利用者の安全確保を目的として実施されたもので、本件ため池の管理を目的として実施されたものではない。

4  本件ため池の設置又は管理の瑕疵について

(一) 国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、営造物が通常有すべき安全性を欠いているか否かの判断は、当該営造物の本来の用法に従った使用を前提としてなされるべきである。

これを本件についていえば、本件ため池は、農業潅漑用のため池として、専ら地元農民らの用水確保を目的とし、一般公衆の自由使用には供されていなかったのであるから、本来の用法に従った使用を前提とすれば、その通常有すべき安全性の有無は、隣接地から本件ため池東側の護岸に接近した者が誤って護岸から水面に転落する危険を防止するという目的からみて、前記フェンス工事②ないし④によって設置されたフェンス(以下「本件フェンス」という。)が、通常有すべき安全性を欠いているか否かという観点から判断すべきである。

(二) しかるところ、以下のとおり、本件フェンスは、隣接地から本件ため池東側の護岸に接近した者が誤って護岸から水面に転落する危険を防止するための構造としては、十分な高さと強度を保持しており、本件扉も適切に管理されていたのであるから、本件フェンスが通常有すべき安全性を有していたことは疑いのないところである。

(1) 本件フェンスは、地面からの高さが一二〇センチメートルの金属性のフェンスであり、これが本件ため池東側の護岸に沿って間断なく設置されており、フェンスの支柱はコンクリート地面に固定されている。

(2) 本件扉は、本件フェンスと一体をなすものであり、地面からの高さも一二〇センチメートルである。本件扉には、閉鎖用のかんぬきが付いているが、道池水利組合の組合員は、樋管の取水量調整用バルブの開閉操作を行う時以外は、本件扉を閉鎖状態にした上、かんぬきをかけて、適切に管理していた。

5  尚愛が本件ため池に転落した状況等について

(一) 平成五年八月六日、尚愛は、兄川北武史(以下「武史」という。)及び友人二名の合計四名で本件ため池に魚取りに来て、本件フェンスの南方部を乗り越え、その内側の約一一〇センチメートルから一五〇センチメートル幅の護岸天端部に至った。そして、尚愛は、右フェンス内側の護岸天端部を北に移動して、平均二〇センチメートル幅の護岸天端部に至り、さらに移動を続けていた際、誤って水中に転落したものである。

(二) 右転落直前に尚愛が移動していた護岸天端部は、幅がわずか0.13メートルから0.23メートルしかなく、およそ人が通行できるような場所ではない。

(三) このように本件事故は、およそ人が通行できないような場所をフェンス伝いに移動するという極めて異常な行動に起因して発生したものであり、このような行動をとれば、本来その安全性に欠けるところのないため池であっても、何らかの危険を生ずることは避け難いところである。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録・証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  証人川北武史の証言によれば、以下の事実が認められる。証人宮宇地克弥の証言中、この認定に反する部分は、他の証拠に照らして採用できない。

(一)  尚愛は、平成五年八月六日午後一時過ぎに、友人二人に誘われて、兄武史と四人で、自宅から徒歩で五分位のヒョウタン池と呼ばれる池に魚とりに出掛けたが、そこで魚がとれなかったため、本件ため池の東岸南方の太田南公民館の南側にあるどぶへ行って、そこで魚とりをした。しかし、そこでも魚はとれなかった。

(二)  そこで、右四人は、本件ため池に行こうということになり、本件扉付近まで自転車で行き、そこに自転車を置いて、本件扉から本件フェンスの内側に入り、本件フェンスの南方部まで行って、そこで魚とりをした。

(三)  四人は、そこで魚を二、三匹とり、これをスーパーのビニール袋に入れて、同所のフェンスを乗り越えて外に出て、もう一度、前記どぶの所へ行って魚とりをしたが、とれなかった。

(四)  そこで、もう一度、本件ため池に行こうということになり、再び本件扉のところまで行って、そこから中へ入り、再び本件フェンスの南方部の内側に至り、そこで魚とりをした。

(五)  ここで、三匹位魚がとれたので、帰ろうということになり、一列になって本件扉の方に向かった。この途中で、本件事故が発生した。

二  本件ため池及び本件事故現場付近の状況等

1  尚愛が転落した場所付近のため池の水深が約一四〇センチメートルであったこと及び同所付近の護岸ブロックの勾配が直角に近い状態であることについては、当事者間に争いがない。

2  また、成立に争いのない乙七号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件ため池は、約三〇〇年前に築造された農業潅漑用のため池であり、古来より専ら地元農民らの用水確保を目的として存在してきた。

(二)  本件ため池の東岸の部分において、被告の主張するとおり、護岸工事、フェンス工事及び樋管工事が実施された。

(三)  右のフェンス工事によって、本件ため池の東岸には、地面からの高さが約一二〇センチメートルある金属性のフェンスが護岸に沿って間断なく設置された。

(四)  右護岸工事による護岸天端の幅員は、東岸南方部では一メートル前後あったが、本件扉や尚愛の転落した地点付近では二〇センチメートル程度である。

(五)  本件扉は、右樋管工事において設置された樋管の取水量調節用バルブの開閉操作のために設置された。

3  右1及び2の事実によれば、本件ため池は、古来より現在に至るまで地元農民らを中心に不特定多数の者の便益に供されてきた公共の有体物と見ることができるのであって、公の営造物に該当するというべきである。

そして、被告の主張には、本件扉のみを独立の営造物とみた上での主張も見受けられるが、前記各工事によって設置された護岸、フェンス及び扉は、物理的に本件ため池と一体をなしており、また、扉から転落防止用のフェンス内に立ち入った上、結果的に容易に這い上がれない本件ため池に転落死亡したという本件事故の経緯からすれば、本件では、全体を一つの営造物と見て、その瑕疵の有無を判断するのが相当である。

三  被告の本件ため池等の設置、管理主体性について

1  被告が本件ため池を所有していることについては当事者間に争いがない。

2  また、成立に争いのない甲三号証、甲六号証の二、乙一号証、乙二号証の二及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件ため池は、もと地元部落の所有するものであったが、ポツダム政令二条二項により、被告がこれを所有することになった。

(二)  香川県は、県内のため池の管理のため、ため池の保全に関する条例(昭和四一年一〇月一三日香川県条例第三六号)を制定している。

(三)  本件ため池の管理は、築造以来、本件ため池の用水を利用する下流域の地元農民らにより行われてきており、現在は、本件ため池の用水についての水利権(慣行水利権)を有する右地元農民らによって組織された「道池水利組合」が、旧来の慣行及び水利権に基づく管理権原により、本件ため池の管理を行っており、同組合の総代が、右条例二条二項のため池の「管理者」に就任している。

(四)  本件ため池東岸の前記各工事の中、護岸工事①及び③並びにフェンス工事②及び③の事業主体は道池水利組合であり、護岸工事②及び④、フェンス工事④並びに樋管工事の事業主体は太田土地改良区であり、フェンス工事①の事業主体は、被告である。

(五)  太田土地改良区が事業主体となった護岸工事②及び④、フェンス工事④並びに樋管工事の各費用の五〇パーセントを香川県が、四五パーセントを被告が負担した。

(六)  本件扉付近に道池水利組合総代東原清が設置した本件ため池改修の記念碑があり、これには、改修の由来として、大要、「道池水利組合では、本件ため池が老朽化し、決壊の恐れも出てきたことから、改修についての協議を重ねていたが、たまたまこの地域に公民館を建設する話が持ち上がり、その用地として本件ため池東南部の一部を埋め立て造成することになり、その埋め立てによるため池の貯水量の減少を抜本的な改修により補うこととなって、本件ため池の改修工事が実現した。」との記載がある。

(七)  右記念碑には、改修工事について、事業種別「団体営老朽ため池等整備事業」、工期「着工昭和五六年一一月、竣工平成元年三月」と記載され、関係機関として、被告産業部土地改良課が記載されている。

3  右1及び2の事実、特に本件ため池の改修工事の実施状況、費用負担、記念碑の記載などからすれば、右改修工事は、公民館建設、その用地としての本件ため池の埋め立て、本件ため池の改修という一連の流れの中で行われたものであり、道池水利組合、太田土地改良区、香川県及び被告が協議の上、一体となって実施したものと見られるのであって、被告は、道池水利組合や太田土地改良区の資産的脆弱さもあって、本件ため池の改修工事に後見的に関与していたものと認められる。そうだとすれば、被告は、本件ため池の底地所有者として、法律上の管理権原を有していたにとどまらず、これを具体的に行使し又は行使しうる立場にあったものと見るのが相当であり、被告は、本件ため池の設置管理主体と認められるべきである。

被告は、本件ため池東岸の護岸工事は、道池水利組合及び太田土地改良区が正当な権原に基づいて実施したものであり、被告は、同工事を実施していないばかりか、道池水利組合や太田土地改良区に対して、同工事を指示したり、委託したりしたような事実も一切ないと主張するが、そうであるとしても、被告が本件ため池の設置管理主体たりえないとはいい難い。

また、被告は、本件ため池は道池水利組合がその管理権原に基づいて管理しており、被告には本件ため池の管理権原が存せず、事実上も、被告は本件ため池の利用、管理等に関して発言する立場になかったと主張する。確かに、右認定のとおり、本件ため池の管理は、地元農民らによって組織された道池水利組合によって行われている事実は認められる。しかしながら、これによって、被告の所有権に基づく法律上の管理権原が制限されていると認められる証拠はなく、むしろ、被告は、前記改修工事に参画するなど、具体的に本件ため池の管理に関与しており、道池水利組合の管理権行使についても、具体的に指示、命令を与えうる地位にあったものと認めるのが相当である。

四  本件ため池の設置又は管理の瑕疵について

1  国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、その判断は、営造物をとりまく場所的環境、営造物の構造、防護設備の完全性、事故の状況等を総合的に勘案して決せられるべきである。

2(一)  これを本件について見ると、本件ため池は、農業潅漑用として、地元農民らの用水確保を目的としているものであって、一般公衆の自由使用に供せられていなかったものであるから、その本来の用法に従った使用を前提とすれば、本件ため池が通常有すべき安全性を有するか否かは、隣接地から本件ため池の護岸に接近した者が誤って護岸から水面に転落する危険を防止しうる措置がなされているか否かにかかるというべきところ、前記のとおり、本件ため池の東岸には、地面からの高さが一二〇センチメートルある金属性のフェンスが護岸に沿って間断なく設置されていたのであり、これにより本件ため池への転落事故は通常防止されていたものと見ることができる。

(二)  本件ため池及び事故現場付近の状況は、前記二で認定したとおりであり、尚愛が本件ため池に転落した当時、被告が本件ため池の東側に設置されたフェンスに有刺鉄線の架設をしていなかったこと、立入禁止の掲示をしていなかったこと、本件扉に南京錠などによる施錠をしていなかったことについては、当事者間に争いがなく、証人川北武史、同東原清、同寒川清の証言によれば、尚愛らが魚取りをして遊んでいた本件フェンスの南方部付近の護岸天端は、約一メートルの幅があり、本件事故以前にも複数の子どもがそこで魚取りなどをして遊んでいたことが認められるけれども、本件扉ないし尚愛の転落した場所付近のフェンスの内側(ため池側)には、平均二〇センチメートル程度の天端があるだけであり、客観的に見てこの部分のフェンスを乗り越えたり、天端を歩行したりすることは相当困難と認められるのであって、この部分に人が立ち入ることは通常考えられず、少なくとも本件事故前にこの部分が子どもの歩行に利用されていたと認められる証拠は存しない。そうだとすれば、この部分を歩行するという本件事故時における尚愛の行動は、通常予測しえない異常な行動というべきである。

(三)  なお、少なくとも本件ため池への転落事故が本件以前にあったとは証拠上認められず、また、本件ため池の危険性からその改善を求める陳情等がなされていたというような事情もまた認められない。したがって、本件事故当時、被告らにおいて、本件ため池への転落事故防止設備に特段の変更を加えるべき状況には未だ至っていなかったものというべきである。

(四) そうだとすれば、本件扉から侵入して、平均二〇センチメートル程度の天端を歩行することが不可能ではなかったからといって、そのような異常な行動に備えて、フェンスに有刺鉄線を架設したり、立入禁止の掲示をするなどの措置をとっていなかったことをもって直ちに本件ため池が通常有すべき安全性を欠いていたものと認めることはできない。

3  したがって、本件ため池の設置又は管理に瑕疵があるとは認められない。

五  よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官和食俊朗 裁判官佐藤正信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例